第1回 CIEC 新会長挨拶
CIEC 新会長挨拶 一般社団法人CIEC 会長理事 慶應義塾大学環境情報学部教授 熊坂賢次
このたび妹尾堅一郎会長の後任として、その重責を担うことになりました。最初の職務として、ユニークな学会であるCIEC に期待する教育イノベーションについて、私見を述べたいと思います。
8月のPCCの基調講演でも話したように、今の教育は、その思想・理念から制度・組織さらには現場の日常的な学びの関係にいたるまで、その基本構造からの改革が期待され、しかもその改革は待ったなしの状況にある、と確信しています。
かつての教育では、何を伝授し、何を記憶させ、何を唯一の解答とすればよいか、それらすべてに教師が発信する知識が優先され、その知識をいかに効率的・合理的に学ばせるか、という方法論が優先されてきました。この教育スタイルは、日本人のマジョリティが、「普通の人」でありながら、非常に高いリテラシーを保有する、という優れた教育状況を実現しました。それは、1人の教師で大人数の生徒を教えるのに、教師は懸命に知識を伝授し、生徒は沈黙してしっかり理解し、ペーパーテストで教育効果を測り、そしてその序列で学歴が価値をもつ、という理想な教育モデルでした。
しかしこの成功体験は、すでに足枷でしかありません。豊かさは、普通の人であっても、多様な個性をもつユニークな存在であることを求め、さらに高度な情報環境と多様な情報装置は、それらの身体化を通して、他者との社交的な関係の中で自分を表現する、私が「おしゃべりなロングテール」と呼ぶ、新しい「ふつうの人」の登場をうながします。この新しい社会的存在が求める教育スタイルは、単なる知識伝授を超えて、生徒と教員が協働しながら、「学びながら創り、創りながら学ぶ」という知識創発的なスタイルであり、そこにこそ、CIECらしい教育イノベーションの方向性が見出されるはずです。
たとえば、小学生の植物観察でタブレットを使って授業をしても、ペーパーテストの平均点は上昇しないから、情報機器を使っても教育効果はない、という指摘がよくなされます。この限りでは、その通りでしょう。しかしこの状況でイノベーションは何を求めるのか。小学生個々がタブレットを使って詳細に観察したさまざまな画像を、友達とワイワイ言いながら、みんなで何か細かな事実を探索するプロセスとその成果を共有し議論しあう関係性こそが、教育効果の評価基準ではないでしょうか。とすれば、ここで期待されるのは、ペーパーテストよりも、より深くより詳細な知識の洞察を前提として、もっと個別的で、もっと多面的で、そしてより関係的な評価基準であり、それを新しい基準として制度化することが緊要な課題でしょう。
知識伝授が教育の基本であるとしても、今の時代は、それを超えて、「学び・創る」段階の教育についての個別的で多様な社会実験的成果とその評価基準化を求めています。それは、小中高の教育から大学大学院の研究、さらに社会人教育に至るまで、今の時代状況が求める方向性です。CIECのみなさんが研究活動や社会実践として関与する、高度な情報環境と多様な情報装置こそ、この新しい教育の方向性を無限に広げる社会基盤です。それゆえに、この社会基盤にたって、もっと深く、もっと広く、もっと高く、新しい知識の地平を拓くために、CIECらしい次代の教育イノベーションに貢献しなければと思います。
たとえば、1人の教員と極少数の生徒しかいない離島をネットワーク化して、普段の授業も運動会も学園祭も一緒に楽しむ、そんな離島ネットワーク化教育はもう実践の段階だと思います。ですから、CIECのみなさん、よろしくお願いします。