CIECは1996年に誕生し、今年20周年を迎えました。20年の歩みを総括し、学会・教育界に果たした貢献を整理するとともに、次の10年への方向性を検討し、問題提起と課題設定を行うことを目的に、2016年3月27日(日)に20周年記念シンポジウムを開催しました。


※ Special第4回は、CIEC20周年記念シンポジウムのダイジェストを、4号に分けてお送りします。今回はその3として、シンポジウム2人目のパネリストとして登壇した、山内祐平・CIEC理事によるポジション・トークの様子をお伝えします。



シンポジウム「教育と学びにおける創造性と多様性」



妹尾

井庭先生、ありがとうございました。 引き続き2人目のパネリストの方にポジション・トークをしていたきます。山内先生、よろしくお願いします。


山内祐平 CIEC理事 (東京大学大学院 情報学環 学際情報学府 教授)


鈴木さん(基調講演をされた鈴木寛氏)も、井庭さんも、これからの時代は創造性が大事だという話をされて、おそらくそれに異を唱えられる方は、ここにはいらっしゃらないと思います。


山内祐平 CIEC理事 (東京大学大学院 情報学環 学際情報学府 教授)

私の問いは「では、どうやってやるの?」、つまり“How”の部分で、制約の高い「オンライン学習」の分野において、実際にその創造性をどう実現しているかに関して、いま研究してることを少しお話したいと思います。

2013年のPCカンファレンスが東京大学であった時のテーマは「つぎの教育イノベーションを問う」でしたが、そこで基調講演をさせていただいた時、東大がMOOC(Massive Open Online Course)を始めたというお話をさせていただきました。その後どうなったかという話から始めたいと思います。



MOOC自体の目的は「創造性」よりも「民主化」


ご存じのように、MOOCそのものは、今も順調に拡大していて、最大手のコーセラが学習者1,500万人ぐらいでしょうか。東大がだいたい連携学習者数で、世界180カ国以上から25万人の方に学習をしていただいている状況です。

しかし、MOOCというのは、つまりは映像で、クリエイティブではありません。要するに何でMOOCを始めたかというと、学習をこのシステムで画期的に変えようとか、創造性を深めようという目的ではなく、目指したのは「教育の民主化」なんです。

MOOCを始めた当初、その中心となったスタンフォード大学というのは、年間400万円の学費を払わないと入学できなかったんです。高度な知識というのは、それだけお金を払った特権階級に独り占めされていた。それを、全世界のあらゆる人たちに解放するっていうのが、実はMOOCの本質であって、完全に教育の民主化運動なんですね。



MOOCの創造性不足を補う「反転学習」


目的が違うからから当然ですが、MOOCは創造的ではないわけです。MOOCは新しい知識を伝達したり、アップデートするには効率的で、しかも民主的にやる方法としては一定の成果がある。ただ、これからの時代に必要とされる創造的な能力を育成するにはまったく足りない。

では、どうしたらいいのかということでまず取り組んだのが「反転学習」です。オンライン学習と対面学習を上手に組み合わせることによって、オンライン学習だけでは達成できなかった高度な思考力の育成を目指したんです。

今までの授業は、だいたい知識伝達を授業内でして、より難しい問題を自宅で一人で解くのが一般的でした。ただ、実際には、問題演習の方が一人で解くのが難しいわけですから、そっちを授業内でやることの方が本当は合理的だったんです。

オンライン学習を前提とし、これまでとは逆の発想で、自宅で宿題をやる時間で基本的知識を修得してもらって、それを前提にして授業において応用的なことを対面でやることを始めたわけです。これが「反転学習」でした。


創造的な学びに大切なのはテクノロジーよりも「課題」


私のところで、ちょうど1年前にワークショップの研究で博士号を取った安斎(勇樹)さんっていう方がいるんですが、彼の博士論文で非常におもしろくて示唆的な研究をしているので、この研究を紹介しながら、創造性を育成するために、教育や学習支援活動で一体何が必要かという点を、ちょっとお話ししたいと思います。

彼が目をつけたのは「課題」でした。どういう課題を解いているときに創造的な活動が起きるかということに関して、彼は実証研究を行いました。その一つが「矛盾課題」と言われている仮説の検証です。人は矛盾状況とか葛藤状況に置かれると、それを何とか解決しようという行動に出ます。これが創造的な活動につながると言われているんですね。

彼が実際にやったのはレゴを使ったワークショップの課題なのですが、通常課題である「居心地のいいカフェをつくってください」と、矛盾課題である「危険だけど、居心地のいいカフェをつくってください」との比較をしたんです。

これは200人ぐらいのワークショップで実施したのですが、どういう提案に対してどういう連鎖が起こり、どういう修正が起こったかを、全部「連鎖図」にしたんですね。それらの連鎖図を比較した上で、質的にどういった違いが出たかを、矛盾条件と通常条件で比較しました。その結果、概念の生成数、典型数、結合数などを合計して、矛盾条件の方は4.1、通常条件の方は1.5と、統計的に有意な差が生まれていました。

形式上やっていることは同じでも、課題を変えるだけで、創造的な学習行動が生れる。いわゆる課題の力がどれだけ大きいかということを、彼は実証したわけです。つまり、私は何を言いたいかというと、実は創造的な活動の話をするときに、大事なのはテクノロジー・エリアだというよりも、学習者が解くべき課題とか、その課題に対してどのような仕掛けを行うかっていうレイヤーが、非常に重要になってくるということです。


山内祐平 CIEC理事 (東京大学大学院 情報学環 学際情報学府 教授)


ついに開いたパンドラの箱


それでは最後に、こういうことが長期的に、大学システムに対してどういう影響を与えるかという問題提起をさせていただきたいと思います。

実は私、木曜日(3月24日)にオランダから帰ってきたばかりなんですけれども、先ほど述べた、東大も参加している世界最大手のプラットフォーム「コーセラ」の会議に参加してきたのですが、そこで一番話題になっていたのは、イリノイ大学が1月に始めたiMBAプログラムの話でした。

MBAというのは皆さんもご承知のとおり、通常、対面で行われるコースです。しかもアメリカのイリノイ大学は、世界トップ10ではないものの、かなり上位にいる大学です。このランクのMBAプログラムといえば、通常年間約600万円はします。



そのイリノイ大学が何をやったかというと、基礎的な知識習得の部分をMOOCにおいてだいたい半分ぐらい単位を取れるようにしてしまって、残り半分を、先ほど述べた高度な思考力を養成する型の、リアルタイムのオンラインワークショップによってカバーして、その二つのオンライン学習の組み合わせによって、年間200万円でMBAが取れるプログラムを作ってしまったんです。これが非常に大評判で、100人ぐらいの定員で始めたんですけど、世界中から1万人の申し込みが殺到した。オンラインだけでイリノイ大学のMBAが取れますから。

これはパンドラの箱で、誰かが絶対開けるだろうと思っていたんです。要するに、MOOCを始めるとき、当初は民主化目的でしたから「学位は出さない」ってみんな言ってたわけですよ。だけど、このようにして一回開いたパンドラの箱はもう収まりませんから、どんどん同様の動きが広がっていくことは止められないでしょう。

ですから、今後は知識習得をするだけの授業はどんどんタダになる可能性がある。オンラインであれ、対面であれ、いかに創造的で高度な思考力を持った学生が育成できるかで、ある種、大学が淘汰されるという時代が来るかもしれない。

という問題提起をさせていただいたところで、私の話はここまでにしたいと思います。ありがとうございました。


※ この続きは「第4回#4 CIEC20周年記念シンポジウム(4/4)」をご覧ください。