第3回#3 人とコンピュータとの距離を近くした未来の教育を目指して(下)
MetaMoJi Noteや MetaMoJi Shareという手書きノート・共有アプリケーションで知られる MetaMoJiは、手書き認識入力システムである mazecも提供するなど、手書きによる可能性を広げようとしていることが伺われる。教育現場での様々な取り組みも見られ、同社がどのように教育を支援しようとしているのか、また、子どもたちに何を提供しようとしているのか、代表取締役社長、浮川和宣さんにお聞きした。(インタビュアー:CIEC会誌編集長 中村泰之)
※ Special第3回は、CIEC会誌『コンピュータ&エデュケーション』(Vol.38)の巻頭INTERVIEW(pp.3-9)を、3号(上・中・下)に分けてお送りします。今回は締めくくりの「下」です。
中村
ところで、現在 MetaMoJiは設立されてから約 5年ですが、設立当初どのようなことを理念に掲げて出発されたのですか。
浮川
私たちの MetaMoJiのいくつかの基本経営理念があるのですが、基本的には、コンピュータと人間との距離をもっともっと短くしたいということを考えています。使い勝手がいい、よくしたいということです。日ごろの生活をしている中で、コンピュータがインターネットに繋がると、ものすごい世界がありますが、まだ使い勝手が悪いとか、使いにくいとか、あるいはこういう機能があれば全体が使いやすくなるとかというものがあります。 mazecを作ったのも特にそうなんですね。例えば、店頭で、登録用紙に住所や名前などを書くことがありますが、後でコンピュータに入力し直す必要はなく、その場で登録が可能なのです。それで、老若男女誰でもできる日本語入力というものをつくろうということになりました。世の中まだまだ新しい時代になると、そのような基本的な概念がずっとあって、そしてさらに新しい技術を使うという掛け算をするんですね。
理想と技術の掛け算でコンピュータと人間との距離を短くしたい
浮川
私は前のジャストシステムという会社をつくった時から、 ITはどういう人たちに使っていただいたらいいかなということを考えていて、その解答の一つが学校の先生なのです。未来を支える子どもたちにいろんなことを学校の現場で教えるために、先生達がいろいろと工夫をされてます。こういう新しい ITパワーを持てば、子どもたちへの教材とか教え方とかいろいろ変わるだろうと思います。今度は学校での授業の仕方として私が個人的に思っている一番の理想は、一人の子どもに一人の先生という環境です。
中村
今は個別学習の必要性も言われていますね。
浮川
徹底して、例えば 40人子どもがいると 40人の先生がいたらいいんじゃないかと。だけどコストのこととか、システムとしてそれは不可能です。でも、 MetaMoJi Shareなどを使って、できる限り一人一人の子どもと一人一人の先生との対話が、常に 40分の授業全部できるわけじゃないですが、ある必要なときにはできたりとか。
浮川
このスピードでお互いに書くことができるんですよ。これはアメリカでもロンドンでもどこでも可能です。インターネットさえつながっていればこのスピードで出来ます。例えば、子どもが病気で入院すると、授業に遅れるとよく言われますけども、やりようによれば例えば一か月間、その子どもが毎日授業に参加することがほぼできるんじゃないかと思うんですね。
中村
今デモさせてもらった時に、すぐそこに先生がいらっしゃる、遠隔地であってもすぐそこに先生がいらっしゃる、そういう感覚がありましたが、それこそが生徒一人一人に一人の先生がつくということにつながるんでしょうね。
浮川
それから、先生も決して一人ではなくて、複数の先生がこの教室のバーチャルの一つのなかにいらっしゃってそれでいろいろ分担するという考え方もあると思うんです。学校と学校を結んで、日本とアメリカなんか面白いかもしれませんね。小学校六年生くらいになると片言の英語がわかるようになり、アメリカでは何か日本に興味がある場合など、面白いかもしれません。
中村
海外在住の日本の子供は、通常は現地の学校に通い、週末は日本人学校に行く場合がありますが、日本人学校も、全国各地にあるわけではないので、そういう場合にも便利じゃないかと感じました。
浮川
時差のことはどうするかは課題ですが、例えばシンガポールだと日本人家庭がたくさんあり、あまり時差もないですから、日本の学校の授業がそのまま受けられるとかですね。
来るべき未来を待ち構えた準備
中村
MetaMoJiが設立されてから、すぐに iPadが発売されました。
浮川
そうなんです。実は iPadが発表される三か月くらい前に会社をつくったんですけど、その時はまだ Windows PCオンリーで最初は考えていたんですが、iPadが出ましたので、これはすごいと。本当にめぐりあわせです。運が強いから。
中村
この iPadが出た頃に、子どもが iPadを操作している写真であるとか、ご高齢の方が操作している写真というのをよく目にしたと思うんですが、本当にそれは人とコンピュータとの距離が近くなったということの象徴だと思うんですね。それが本当に、社長の理念と重なっていますね。
浮川
ハードウェアがこのようになり、 Wi-Fiでインターネットと繋がって、自由にいろいろなことができますが、私が思うのは、このハードウェアやインフラにより改革された新しいものに、まだソフトウェアは追いついていません。全然、まだまだです。
中村
今日聞かせていただいただけでも、素晴らしいと思いましたが。
浮川
技術をものすごく研究して、一種の理想像を掲げるわけですね。だけど、どういう理念やどういう方向感で、また、そこに向かってこの技術はこういうことだという研究をしないといけないと思います。人間とか研究者とか、あるいは研究のコストもやはり限界があるものですから、十年後、二十年後、三十年後の理想を描いて今できることをやるということです。
中村
その理想理念がコンピュータと人間との距離。
浮川
はい。それはあまりにもすごく抽象的な表現ですけども、その中で色々なテーマ、私たちでしたらまず日本語の入力を一生懸命三十年くらい研究してきたんですが、キーボード自体が非常に難しい。どうして Aのとなりに Bが来ないのとか。初心者にはそうですから。色々な PC教室とか、最近はタブレット教室があるんですけれども、やはりどの先生に聞いてもキーボードの入力が大変なんです。そこを教えて次に何かやってみることになるのですが、最初はそれができないものですから、もっと単純な、タップだけで出来るソフトしか教えないんです。そうすると E-mailも書けなかったり、写真は簡単で面白いけど生活から遠いようなソフトウェアを教えることに限定されてしまうんです。だけど iPadで mazecが IMEとしてどのソフトでも使えるようになりましたので、全国のいわゆる PC教室あるいはタブレット教室の先生たちは、今 mazecを使うように変わりつつあります。そうすると手で書いて一分くらいデモだけすれば、みんな書いています。それで E-mail動かしてみましょう、じゃあブラウザで何か検索とかやってみましょうと。検索の言葉を入れるのがキーボードだと大変でしたけど、書けばいいんですから。
中村
iOS8からサードパーティのキーボードが利用可能になりましたけど、それも本当にタイミングが良かった。
浮川
いや、これやっと実現したんです。 4年くらいかかりましたけども。ですから、いろんな環境とか OSやインフラとかがどんどんどんどん新しくなっていくのですが、それに対して待ち構えているわけです。これがこうなったら、こんなことができる、あんなことができるとか。
中村
待ち構えているということは、それまで常に準備していると。
浮川
そうです。それは大変なんですよ。待ち構えているということは待ち構えている間ビジネスになりませんから(笑)。そこは、想像力とか自分たちの理念とか概念によって、この方向で今はできてないけど、ここまでハードウェアやインフラあるいは CPUのスピードとかメモリとか進歩すれば、自分たちの研究しているものは世の中に出せるぞと。中には空振りで、まだだったということも結構あるんですが。 IMEも二年くらい前に実現するんじゃないかと期待したんですが、やっと去年できたんです。本当に技術、それから研究、理念、理想、特に理想はどこにあるかだと私は思いますね。理想が実現したらどういう人たちがどう便利になるのか、どのように新しい人生を送れるのか、例えばそれが二年経ち五年経ち十年経ち二十年経ち、ものすごく大きな影響を与えますもんね。
中村
mazecにしろ、 MetaMoJi Shareにしろ、手書きということにすごくこだわりがあるように思うんですが、やはり、手で書くということの重要性は社長のこだわりですか。
浮川
つくったからというわけでなくて、手書きこそ、 iPadで本当の新しい入力もできるでしょうし、手で書くのであれば絵を描くにしても何にしても、自由ですよね。人間の頭で考えたことが右手左手、指先と直結してますよね。よくインタビューのときに、インタビューを一生懸命考えながらこう書いていますよね。そうすると、書くことをほとんど忘れています。何をインタビューしようと殴り書きでもいいですから書けますよね。それくらいノート、指先というものが文字を書くことにおいては言葉で言い表せないくらい直結している。あるいは直結というよりはドアなんですよね。頭は他のことを考えてもちゃんと書ける。
未来の子どもたちのことを考えて、現場の声を取り入れた開発
中村
それでは最後に、今後どのような方向性で開発、あるいは教育に貢献していこうとお考えか、お聞かせいただけますか。
浮川
MetaMoJi Shareあるいは Noteにしても、まだ最初のバージョンです。やはりこれからは、現場の先生方にお使いいただいて、いろいろ教えていただいたり、もちろん私たちも一生懸命考えて、これだと使いやすいだろうとか、こういうときにはこれがあった方がいいんだよとかを追求していきたいと考えています。先ほどの、「先生に注目!」という機能は面白い機能ですが、現場からの声でした。これはこんなに人気のある機能だと驚くんですが。
中村
これは現場からの声だったんですね。
浮川
まだまだそういうものが出てくると思います。で、さらにおそらく遠隔地の、それこそ象徴的ですが、離島の子どもたちと都会の子どもたちが共同で作品を使って授業を始めれば、もっとこういうことがあればいい、ということが出てくるかもしれません。 ITというのは、ものすごい可能性があります。それをものすごく遠くのものではなくて、自分たちの学校であったり、授業であったり、子どもたちと先生との関係とか、そういうものにもっともっと新しい可能性を広げていけるんじゃないかと思いますね。何がそこで私に見えているのかはわかりません。ただそちらに未来は絶対あるだろうし、より良い世界は絶対そちらの方にあるだろうと。先生が子どもたちに教える一つの教室に一人の先生がいらっしゃって、一生懸命頑張って授業を行うことが何年もずっと続いてきたことですけども、本当に新しい環境が生まれましたから、これからは誰でも、インターネットが繋がったことによってもっと違う、より本格的な、新しい未来を創るんだという気概でみなさん一緒に働いていますね。それは全部、子どもたちのためですね。すべては子どもたちのためになると私は思っていますし、そのために何を、どういう技術を入れるべきかが重要だと思いますね。
中村
ある先生は、 MetaMoJi Shareは、これこそ 21世紀型の黒板でありツールであるというふうに評価していらっしゃいますけども、本当にそれは社長の意を得ていると。
浮川
そうですね。本当の意味で瞬間瞬間に全方位、全員が意見や刺激をお互い与えられながら、濃密な時間を共有するということです。みんなが集まれる時間は限られているわけですから、その時の集中力はこういうツールがあると一気に上がるだろうと。
中村
全方位というのは教室の中だけというよりも、本当にもっと広い空間ということでしょうか。
浮川
広い空間というより、お互いにということですね。ですから、一対一でもなくて、一対多でもなくて、全員がお互いにメッシュのような状態で、誰かがこう考えている、それに対して私が意見をいうと瞬間に全員に伝わっていくということです。
中村
本日は、貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
浮川
ありがとうございました。
3号に分けてお送りしてきた「人とコンピュータとの距離を近くした未来の教育を目指して」は、今回の記事で終了です。お読みいただきありがとうございました。次回のSpecial記事にもご期待ください!