第2回 電子書籍導入の成功事例
電子書籍・電子テキストはこれまでのPCカンファレンスでもたびたび議題にのぼり、CIECの会誌『Computer & Education』にも取り上げられてきた重要テーマの一つです。
しかしながら、成功事例として紹介されるもののほとんどは海外のケースであり、日本国内での普及への懸念から、テキスト採用に二の足を踏んでいる先生方も多いのではないでしょうか。
第2回となる今回のSpecialでは、まだ黎明期ともいえる国内の先駆的事例として、(株)大学生協事業センターの「VarsityWave eBooks専門書学習ビューア」を英語のリスニング授業に活用し、明示的な成果を挙げた、広島修道大学でのケースをインタビュー形式で紹介します。
インタビューでは「単に紙をデジタルに替えただけ」ではない電子テキストの特長、すなわち本質的な付加価値について具体的な事例が紹介されています。外国語教育に携わる先生方はもちろん、電子テキスト導入を検討中の皆さん全員にとって有益な情報です。是非ご一読ください。
広島修道大学 針持和郎 (写真:左)
(聞き手: 産業能率大学 小野田哲弥)
小野田
2015PCカンファレンスのシンポジウム2では「電子書籍の現状・課題・挑戦」が議論されました。どのようにお聞きになりましたか?
針持
Dr.Hanleyが報告した通り、米国では学校間連携と安価を武器に、徹底したマーケティングによって電子テキストが定着しつつあります。しかし我が国では、教科書検定といった制度的障壁や、和書(世界的なマーケットが期待できない日本語)の問題などによって同様の普及が難しい環境にあると思います。
小野田
つまり、日本において電子テキストの普及は難しいと?
針持
いいえ、そうは思いませんが、「単にデジタルに替えただけ」では意味がないと思います。紙媒体にはない新たな付加価値、例えばセミナー1で紹介された「アクセスログ」や、セミナー3で紹介された「動画コンテンツ」などを活用すべきです。
小野田
具体的にご説明いただけますか?
針持
私が広島修道大学で担当したリスニング中心の英語授業を例に説明しましょう。教科書は2014年度も2015年度も同じ『Starting on the TOEIC Test』 を使いました。ですが、去年はCD付の従来型テキスト、今年は電子書籍の専門書学習ビューアを用いたという違いがあります。
株式会社大学生協事業センターが運営する専門書を中心に販売する電子書籍ショッピングサイトです。PC(Windows)やスマートフォン(Android、iOS)など多くの端末に対応しています。
針持
これがその「VarsityWave eBooks」という専門書学習ビューア(以下、ビューア)です。活字や写真など視覚的にはまったく一緒なのに、その教育効果の差は、私にとっても予想以上でした。去年と比較して、期末試験のクラス平均が100点満点換算で12点以上もアップし、欠席率も3分の1に激減したからです。
小野田
それは偶然にしては大きすぎる違いですね。いったい何が成功の要因だったのでしょうか?
針持
大きく3点挙げられると思います。1つ目は英文と発音とのリンクです。去年までのCD版では、CDプレイヤーを持っていない学生が過半数でしたし、たとえ音声ファイルを音楽プレイヤーにダウンロードしたとしても、教科書とは異なるメディアを同時に使わなければならず、かなり煩雑だったわけです。それが英文が出ているのと同じ画面上で、いとも簡単に聴けるわけですから、予習の段階でわからない部分を繰り返し聴くのだってストレスになりません。
小野田
英語のリスニング学習というと、イヤホンをしながら教科書片手にプレイヤーを操作する姿がまず思い浮かびますが、一つのメディアで一緒にできたら効率的ですね。
針持
また、教科書上では音声が文字化されていない部分も結構含まれていますが、下図のようなパワーポイントファイルを教員が自作して、リスニング後の解答・解説の段階で「ここの音声部分ではこういうことを言っているんだよ」と視覚化してやることもできます。すでに画像と音声ファイルとしてデジタル化されているので、その準備はちょっとの作業で済みます。
小野田
なるほど。確かにそれは紙媒体ではできませんね。2つ目の成功要因は何ですか?
針持
2点目は辞書とのリンクです。現在では電子辞書が当たり前なのに加え、ウェブ上に無料の辞書もあるとお考えでしょう。ですが、スペル入力が面倒なので、わからない単語を調べないで放置してしまう学生も少なくありません。このビューアはiPadの場合ですとディバイス内臓の電子書籍辞書と連携しているので、単語をポイントするだけであっという間に、しかも本物の辞書ですから例文なども詳しく調べることだってできます。
針持
辞書を内蔵していないディバイスであっても、Wi-Fiがあればインターネット上の辞書サイトにアクセスし、コピー&ペーストで行けるわけです。
小野田
おっしゃる通り、瞬時に意味がわかるなら、英語が苦手な学生であっても飛ばさずに確認するでしょうね。2つの成功要因、どちらも納得です。最後の要因についても教えてください。
針持
3つ目は教員サイドの利点です。このビューアではログを取ることができます。このログを活用することによって、多くの学生にとってどの単語がわからない単語なのか、どの発音が聞き取れないのかなどを定量的に把握することができるので、ポイントを絞った指導が可能になり、学生たちも授業の効果を実感できることに繋がっています。
針持
先に述べた辞書リンク機能だけなら学生個人の自習ツールとして十分役立つかもしれませんが、教員と学生とのインタラクションこそが教育だとしたら、ログと学生の弱点を見ながら授業ができるというこの点が一番大きな成功要因だと考えています。
小野田
まさに冒頭で言われた「単にデジタルに替えただけ」ではない付加価値のお話ですね。辞書で調べられる頻度が高ければ、多くの学生が苦手とする英単語だということになりますし、何度も繰り返し再生された部分なら、聞き取りが難しい表現ということになりますものね。その他にログから得られる有益な情報としては何がありますか?
針持
たくさんありますよ。ビューアを起動した日時や閲覧時間数(秒単位)、何章のどのページを開き、どの音声データを何回再生して聴いているか等。それらから、彼らが授業の復習をいつ行い、どのくらいの学生が予習をしているかまで把握できます。
小野田
いわゆる「反転学習」ですね。反転学習のログを活用できれば、さらに適切な指導ができそうですね。
針持
はい、そこが大事なところです。ビューアのログデータと試験の解答データを突き合わせて、例えば、正解率の低い問題を語学的に分析して、何を教えなければならないか、どのように教えたらいいのか、といった知見を蓄えて、それを大学の枠を超えて共有化できたらと考えています。
小野田
そんな「オープンデータ」があったら、日本の英語教育の形も大きく変わりそうですね。今日インタビューさせていただくまで、電子書籍に対して、紙媒体をPDF化したものに過ぎないような誤った認識を持っていましたが、「発音再生機能」「辞書との連動」そして「アクセスログの活用」というお話を伺い、目から鱗が落ちました。また、それらの付加価値の実現においてキーとなるのが「ビューア」であるという点も理解できました。
針持
そうですね。「VarsityWave eBooks」という専門書学習ビューアの存在が大きかったのは間違いありません。また今回は、英語教育という分野に限ってデジタル教科書が持つ可能性の一端を紹介しました。したがって、どの分野にも通じるわけではありませんが、いずれにしてもICTを活用してこれまでにない付加価値を生み出すことが、電子書籍のマーケットを切り拓く上で不可欠な要件でしょう。
針持
日本で出版されるテキストは言語の関係でマーケットが限られているということはありますが、ご存知のように2020年までに小学生1人に1台のタブレットをという文部科学省の方針もありますし、各地の実践事例もたくさん報告されていますから、次第に大きな流れになるものと確信しています。
小野田
日本にも電子書籍の明るい未来が訪れそうな予感を感じました。針持先生、貴重なお話をありがとうございました。