第20回「剽窃チェックサービス『Turnitin』が守る教育と研究の信頼」
剽窃チェックサービスとして世界的なシェアを持つ「Turnitin」(ターンイットイン)を導入する教育機関が近年国内で増加傾向にある。そこで、国内の代理店であり、CIEC団体会員でもあるiJapan株式会社を取材し、Turnitinの機能や活用事例などを伺った。
取材・文責:木村修平(立命館大学生命科学部 准教授)
自分以外の誰かが書いたものを自分で書いたものと偽ること、いわゆる剽窃(英語ではplagiarism)は、教育・研究機関の社会的信用を毀損する重大な不正行為だ。デジタル化によりデータの複製が容易にできる現代では、剽窃を未然に防ぐための教育も重要だが、悪意の有無に関わらず実際に起ってしまった剽窃行為をいかに検出するか、そのテクノロジーの存在感も大きくなっている。
Turnitinとは
Turnitinとは、レポートや論文の内容を独自のデータベースと照合し、書かれた内容の類似性をチェックすることで剽窃行為を検出するWebサービスだ。ブラウザからサイトにアクセスして利用できるほか、スマートフォンやタブレット用のアプリも提供されている。
Turnitinを開発・展開しているのはサービス名と同名のTurnitin社であり、カリフォルニア州オークランドの本社のほか、イギリス、オーストラリア、韓国など世界7カ国に支社を持つグローバルなEduTech企業である。同社サイトによれば、世界150カ国で1万5000以上の教育機関に導入されているという。
Turnitinの基本機能は、提出されたレポートや論文の内容を独自の学術文献データベースと照合し、類似の表現が見つかった場合、下図のように類似性指数としてパーセンテージでどの程度似ているかを表示するとともに、似ていると判断された情報のソースを表示するというものだ(iJapan社サイト掲載の紹介資料より)。
Turnitinは英語圏で開発されたサービスだが、世界展開していることからもわかるように多言語に対応しており、もちろん日本語も扱える。類似性チェックのデータベースだけでなくインターフェイスも日本語に対応しているため、インターネット環境さえあれば特別なソフトや機器を必要とせず手軽に利用できる。
2016年からは類似性検出機能にくわえ、提出物への採点やコメント機能、英文法チェックエンジン、LMS(Learning Management System)への統合機能などを備えたことにより、Turnitinはその名称をTurnitin Feedback Studioと改めた。剽窃検出サービスを基本とし、提出物へのフィードバックを統合的に行うクラウドサービスへと進化を続けていると言えよう。(なお、本稿では便宜上Turnitin Feedback StudioをTurnitinと略す。)
国内で導入が進むTurnitin
iJapan株式会社でTurnitinを担当する渡邉正樹氏によると、日本国内でのTurnitin導入件数は80校以上を数え、今も増加中だという。
Turnitinの導入が日本で進んでいる背景として、渡邉氏は2つの要因を指摘する。1つはリスク防止、もう1つはフィードバックの質的向上だ。
リスク防止ツールとして
剽窃チェックと言えば学生の提出物に不正がないかどうかを点検するという印象が強い。もちろんそれはTurnitinの重要な用途だ。膨大なデータベースに加えて所属教育機関の他の学生からの提出物をも照合するため、代筆行為もチェックできる。ただ、渡邉氏によればより広い視野からTurnitinの利用が進んでいるという。
「リスク防止というのは、剽窃の発覚がもたらす教育・研究機関の信用の毀損を防ぐ手段としてTurnitinが活用されているということです。日本では2014年のSTAP細胞問題でアカデミックな著述の信頼性に全国的な注目が集まりました。学術の世界は性善説の上に成り立っている部分が大きいと思いますが、いざ不正行為が発生した場合、社会的な信用や信頼を大きく失墜させることになります。」
「たとえ悪意がなくても偶然表現が似るということもありえます。そしてそれは、学生さん、生徒さんだけでなく、先生方や研究者の方々にとってもプロフェッショナルとしてのキャリアを傷つける大きな脅威でしょう。そのようなリスクを未然に防止する有効なツールとしてTurnitinに注目が集まっているのだと思います。」
筆者自身、所属大学が導入しているTurnitinを2つの用途で利用している。ひとつは学生からの提出物のチェックであり、もう1つは自分が書いた著述のチェックだ。
多くの資料や文献を参考にしながら文章を書いていると、たとえ悪意がなくても無意識のうちに表現が似てしまうことや、クリップボードに保存していたテキストをうっかりペーストしてそのままになってしまうこともありえる。
Turnitinは学術文献だけでなく700億ページ以上という膨大なウェブアーカイブもデータベース化しているため、少しでも似ている箇所があればソース付きで表示される。文章を書くことが多い職業人にとっても仕上げの一手間を補助する有用なツールだ。
フィードバックの質的向上ツールとして
下図はTurnitinの一般的な利用フローだが、フィードバックの統合環境として進化を続けているTurnitinは「Step6 フィードバック」の機能が充実している。
提出物の任意の箇所にテキストのコメントを挿入できる機能にくわえ、教員が独自に設定したルーブリックにもとづいた評価を行うことも可能だ(左図)。また、このルーブリックを学生とも共有し、相互評価に利用することもできる。
教員にとって嬉しいのはQuickMark機能だろう(右図)。句読点の抜け落ち、主述のつながりの不一致、語尾の不統一といった頻繁に指摘しなければいけない項目をあらかじめシールのように登録しておき、該当箇所にドラッグ&ドロップすることができる。
さらに、録音した音声によるコメントを挿入するボイスコメント機能も備えている(左図)。学生数が多く、ひとりひとりにテキストによるフィードバックを入力するのが煩雑な場合には助かる機能だろう。
また、筆者のような英語教員にとって嬉しい機能として、e-raterが組み込まれている点は非常に助かる(右図)。e-raterとは、TOEICやTOEFLといった英語テストを作成しているETS(Educational Testing Service)が開発している評価エンジンで、英語の文法やスペル、文章の構成まで自動的にチェックしてくれる。
「教育機関の規模が大きくなったりカリキュラムが複雑化してくると先生方のタスクや負担が増え、フィードバックの質が低下するおそれがあります。Turnitinは剽窃チェックだけではなくフィードバックをワンストップで行なっていただける統合的なクラウド環境を目指しています。」(渡邉氏)
大学だけではなく高校への導入も
渡邉氏によると、日本では大学以外にも高校でTurnitinを導入する事例が増えているという。中でも国際バカロレア認定校やインターナショナルスクールが高い関心を寄せているそうだ。
「国際バカロレア(International Baccalaureate)の認定校になるには同団体が定めるポリシーを遵守する必要があります。その中で義務づけられていることが学問的誠実性(academic honesty)の指導です。他者の著作物や知的権利、知的財産に配慮した上で適切に利用できる姿勢をTurnitinを通じて育成されています。」
国際バカロレアは日本を含む様々な国の大学入学資格として利用されており、同団体のガイドライン(日本語版PDF)からは大学入学前に学問的誠実性を強調することで大学教育の質保証に繋げたいという考えが窺える。iJapanのサイトではつくばインターナショナルスクール(茨城県)での採用事例が掲載されている。
複雑化、高度化する剽窃ビジネスとの戦い
渡邉氏によると、Turnitinが世界の教育・研究機関に強く訴求する背景には、レポートや論文を代筆することで収益を得る、いわば「剽窃ビジネス」が全世界的な問題となっている事実があるという。
「本人以外の誰かがレポートや論文を代筆する剽窃ビジネスは今や世界的な問題です。英語圏ではcontract cheatingやghostwriting serviceと呼ばれています。インターネット経由の受発注が頻繁に行われており、国際的なビジネスになってしまっています。」
日本ではあまり報道されなかったが、オーストラリアでは2014年に中国人留学生を対象とした大規模な剽窃ビジネスが摘発され、大きなスキャンダルとなった。また、英国スウォンジー大学の研究によると、英語圏では大学生の6人に1人が何らかのかたちで剽窃ビジネスを利用している可能性が示唆されている。皮肉なことに、剽窃ビジネスの深刻さを傍証するように、Turnitinのような剽窃検出サービスが急速に市場規模を拡大しているという報告もある。
高度化・複雑化する剽窃ビジネスに対して、オーストラリア政府は現在、最大2年間の投獄と約1500万円の罰金刑を課す新しい法律を検討している。剽窃ビジネスから教育・研究機関の信用を守る戦いは今後オーストラリア以外の主要国でも激化していくことは想像に難くないだろう。
教育・研究機関の信用を支えるTurnitin
今回の取材を通じて、筆者はあらためて学問的誠実性の重要さを再認識した。レポートを手早く仕上げたいという学生から論文を有力な学術誌に掲載したいと思う研究者まで、剽窃などの学術的な不正は所属する教育機関や研究組織の社会的信用を失墜させる行為だ。その影響は、ひいてはその国の教育・研究レベルに対する信用問題にまで発展しかねない。
最後に、渡邉氏の印象的なコメントを引きつつ、本稿の結びとしたい。
「Turnitinは強力なツールですが、有効に活用するためには教育環境のICT化や授業スタイルの再設計など、柔軟な対応が必要になる場合もあります。弊社では日本販売代理店として全国の教育機関様に導入をコンサルティングしてきましたが、残念ながら利用率が上がらないところもあります。不正行為に手を染めるのが人間であるのと同じように、防止ツールに血肉を通わせるのも人間なのです。」