第16回「立命館大学が学内LMS『manaba+R』を大幅バージョンアップ〜教職協働の理念から生まれた教務タスク統合管理システム(EMS)という新機軸〜」
日本の大学にとって学習管理システム (LMS: Learning Management System)はもはや目新しいものではなくなった。「ICT活用教育の推進に関する調査研究」(文科省・2010年度)によると日本でLMSを導入している大学の割合は40.2%にのぼる。
LMSのシェアは、かつては海外産のシステムが中心的だったが、近年では国産のシステムも増加傾向にある。その代表格に挙げられるのが、CIEC団体会員でもある株式会社朝日ネットが提供する「manaba course」だろう。導入大学は2017年12月末時点で全国79校を数える。
筆者が所属する立命館大学では2013年度から約4万人を擁する全学部・全研究科を対象にmanaba courseを導入した(manaba+Rと呼称)。4年にわたる運用を経て、過去最大規模のバージョンアップが施される運びとなった。
本稿では、立命館大学によるmanaba+Rの大幅バージョンアップにいたる経緯と新機能の詳細を、関係者への取材に基づいて報告する。システムのバージョンアップと聞くと定期的なメンテナンスやデバッグ中心の部分的な更新に思われるかもしれないが、今回の取材から見えたのは、職員・教員・学生・開発企業が四つ巴で取り組むことでシステムに血肉を通わせるという、教職協働という同学の根本理念の具現化とも言えるドラマだった。
取材・文責:木村修平(立命館大学生命科学部 准教授)
立命館大学でのmanaba導入の経緯
立命館大学では2002年度から全学部を対象にWebCTを導入した。WebCTはカナダのブリティッシュコロンビア大学で開発されたLMSで、その後2006年にBlackboardに買収された。同社が提供するBlackboardは北米で人気のWeb型LMSであり、アメリカ国内では最大シェアを誇る(LMS Data – Spring 2017 Updates)。
WebCTは多機能だったがユーザーインターフェイスが複雑であり、また、パソコンにJavaをインストールする必要があるなど、利用環境を適切に設定する必要があった。さらには一部テキストが日本語化されていないなどの不具合があったため、学内で十分に浸透したとは言えなかった。
2011年、Blackboardの保守期限を2年後に控え、次期LMSを選定する検討委員会が学内に設置された。3つのシステムが導入候補となり、その中に株式会社朝日ネットの「全学向け教育支援システムmanaba course」(以下、manaba)があった。
次期システム選定にあたりmanabaを含む3社の製品を対象に検討が重ねられた。その際、立命館大学からは次の3つの要望が出された。
- 多くの教員・学生が利用しやすいものであること
- 授業運営や学生の学びに寄与する基本機能が備わっていること
- メンテナンス等の対応が迅速であること
上記のうち、1.の「利用しやすいもの」という点でmanabaに高い評価が集まった。
manabaはWebCTほど緻密な設定ができるわけではないが、ブラウザ以外に特別なソフトウェアを必要とせず、インターフェイスもすっきりしたデザインにまとまっていた。さらに3.のメンテナンス対応について、開発元の朝日ネットが製品開発段階からの利用者ヒアリングを申し出るなど、当初より立命館大学との緊密なコラボレーションによる運用が想定されていたことも評価された。
2008〜2010年度にmanabaの簡易版とも言える「manaba folio」が文学部やスポーツ健康科学部などに導入され、その結果ユーザー数が着実な増加を見せたことから、2013年度、立命館大学は全学規模でのmanaba導入に踏み切った。その新しいLMSは立命館大学仕様という意味合いを込めてmanaba+Rというニックネームが与えられた。
manaba+Rは“ユニクロのようなLMS”
manaba+RがどのようなLMSかと問われれば、ユーザーの一人として筆者はこう答えたい。manaba+Rは、目を見張るような斬新な機能は特にないが、誰もが直感的にそこそこ便利に使える機能を過不足なく備えた、まるでユニクロの衣料品のようなユニーバサル感を持つLMSである。
これはmanaba+RをLMSとして低く評価しているわけではない。むしろ逆である。
いきなり使えるという点に関連して、インターネットに接続した端末であればほぼ全てのブラウザから利用できるのは非常にありがたい。Javaやプラグインなどユーザー側で端末に特別な環境設定を行う必要はない。また、ISP(インターネット・サービス・プロバイダー)老舗の朝日ネット(ISPブランド名はASAHIネット)がmanaba+Rのサーバを管理しているため、操作アクションに対するレスポンスがきびきびしていてストレスがない。さらに、スマートフォン用のインターフェイスを備えている点、メンテナンスによる休止期間が導入から本稿執筆の現時点に至るまでほとんどない点も高く評価したい。
いつでも誰でもサクサク使える縁の下の力持ち
誰もが直感的に使えるという特長はLMSを評価する上で極めて重要な点である。下図のように、manaba+Rは可もなく不可もない無難なデザインだが、レイアウトはすっきりしており、一般的なWebサービスに慣れていれば操作に迷うことはまずない。マニュアルを読まずともいきなり使えるのである。学生用・教職員用それぞれのマニュアルは用意されているものの、筆者自身はこれまで一度も参照したことがなく、それで何ら問題なく使えている。
いつでもすぐにサクサク使うことができるシステムとは、ひとたび実現すればそのありがたみは忘れられやすいが、日々の業務遂行をしっかり下支えしてくれる頼もしい縁の下の力持ちなのだ。
manaba+Rの機能はどれも及第点、ただしポートフォリオ機能は未知数
次にmanaba+Rの備える機能だが、小テスト、レポート、アンケート、コンテンツ掲載、お知らせ、掲示板、出席簿など、どれも一般的なものばかりであり、その他のLMSと比較しても特に目新しいものはないと思われる(朝日ネットが提供するmanabaのプラグイン的なライブアクションサービス「respon」は本稿執筆時点ではmanaba+Rには非搭載)。どの機能も特筆すべき長所がない代わりに複雑な操作も必要とせず、LMSの備える機能としては及第点と言えよう。
あえてmanaba+Rならではの機能面での特長を挙げるとすればポートフォリオ機能だろう。manaba+Rを通じて提出した課題やクイズの結果などを学生ごとにすべて一覧化できるという機能だ。これまでに受講したすべての授業と成果物が単一ページで表示されるため学習履歴が容易に確認できるというのがアピールポイントとなっているが、英語圏で盛んに活用されているe-ポートフォリオと比べるとかなり見劣りすると言わざるをえない。
英語圏の高等教育機関では2010年ごろからe-ポートフォリオが次々に導入されている。教育機関が自前でシステムを構築する例もあるようだが、近年ではポートフォリオシステム企業と契約するケースが多いようだ。代表的な企業としては、Digication、Portfolium、Chalk and Wireなどが挙げられるが、日本ではまだあまり知名度が高いとはいえないだろう。
こうしたe-ポートフォリオには、学習履歴にとどまらずコース修了を証明する電子バッジのコレクションやインターンシップ参加の記録、履歴書など、学習者自身の多面的な情報が入力されており、教育機関が活用を積極的に推進している(ここでは一例としてボストン大学のDigicationサイトを挙げておく)。その過熱ぶりに当のポートフォリオシステム企業のCEOが釘を刺すほどの盛況ぶりだ。
英語圏の高等教育機関がe-ポートフォリオを積極的に活用する背景には日本との就職活動スタイルの違いなどがあるようだが、ここでその詳細に言及する余裕はない。ただ、日本でも近年ではOfferBoxのようなスカウト型の就活支援サービスが登場しており、今後e-ポートフォリオやLinkedInのようなビジネス型SNSと連動して活用される可能性はある。
manaba+Rが備えるポートフォリオは、現時点では使いどころが見えにくい機能ではあるが、日本でも今後活用シーンが現れるかもしれず、その意味ではこの機能のポテンシャルはまだ未知数と言える。
導入から4年、manaba+Rが過去最大のバージョンアップへ
約50%の授業で利用、しかし利用率は頭打ちに
2013年度の導入以来、担当課である教学部教務課と朝日ネットは緊密に連携を取りながらmanaba+Rの利用促進と利用実態の把握に努めてきた。
利用促進の一例として、manaba+Rを活用している教員にインタビューを行い、具体的にどのような授業でどの機能を利用しているかを紹介するmanaba活用事例レポートという小冊子が作成され、Web上でも公開されている。また、新年度ごとの講習会開催をはじめ、2017年度からは3キャンパスそれぞれの教員ラウンジ内にサポートデスクを開設するなど、その熱心な取り組みと手厚いサポート体制には立命館大学の教員の一人として素直に敬意と謝意を表したい。
こうした努力が実を結び、立命館大学で開講されているおよそ1万5000の科目のうちmanaba+Rの利用は約50%にまで広がった。
その一方で、実態調査からは利用率が頭打ちになってきた事実も浮かび上がってきた(下図)。
担当者へのヒアリングからも、講習会やサポートデスクを利用する教員がほぼ同じ顔ぶれであることが指摘されるなど、利用率向上にはこれまでの方法とは異なるアプローチが必要なことは明白だった。
こうして全学LMSの過去最大規模のバージョンアップという一大プロジェクトが幕を開けることとなった。
情報の伝達経路をmanaba+Rに一本化
教務課がまず注目したのはmanaba+Rの機能のうちもっとも利用頻度が高いものはどれかという点だった。調査の結果、ほぼすべての学部で教員が任意の教材を作成・掲載できる「コンテンツ」と受講生へのお知らせを行う「コースニュース」機能が上位を占めた。この2つに共通するのは教員から学生に一方通行で情報が流れるという点だが、立命館大学にはmanaba+R以外にも別システムから学生への情報提供を行っていた。
「情報の伝達経路が多すぎて学生が迷子になっているのではないかという懸念がありました。manaba+Rに一本化できれば学生にとっても教職員にとっても便利になるのではと考えました」
こう語るのは教務課の担当者だ。バージョンアップに先立ち、教務課では学友会が約3,500人の学生から回収したアンケートを分析した。その結果、システム改善の要望で多くの声が寄せられたのが「伝達される情報が多すぎて混乱する」というものだった。
立命館大学では、教員や事務室が学生にお知らせや授業に関する情報を伝達する経路は大きく分けて3つある。下図に示すように、1つはmanaba+Rで、各コースサイトに教員が登録した情報(授業関連のコンテンツやコースニュース)がmanaba+R上と大学アドレスメール宛に通知される。2つ目の経路はCampus Webと呼ばれる校務支援システムで、ここからは主に事務室から休講や補講、成績に関する連絡が通知されるほか、履修登録や時間割の確認が行える。最後はシラバスシステムで、授業計画表や教員への連絡方法など、授業に関する情報が掲載される。
これら3つのシステムの利用はシングルサインオンで利用できるが、情報の入出力はシステムそれぞれが担っており、学生は情報確認のためこの3つを行き来する状態が続いていた。
「すべてのシステムを完全に統合するのは難しいのですが、情報へのアクセスをすべてmanaba+Rに集約することで一覧性を高められると考えました。と同時に、これまで26のカテゴリに分類されていたカテゴリを見直し、6つにスリム化することにも成功しました」(前出の担当者)
こうして2017年11月からはシラバスが、12月末からはCampus Webがmanaba+Rに統合された。
下図に示すように、これまでCampus Web経由で通知されていた事務室経由のお知らせや時間割情報がmanaba+Rにまとめて表示されるようになった。また、シラバスの検索が行えるようになったほか、Webメールなどその他の学内電子リソースへのリンクも充実した。manaba+Rにアクセスすれば必要な情報すべてに手が届くという環境が実現したのである。
レポート提出機能の実装とシラバスシステムの統合
今回のバージョンアップでは学生だけでなく教職員の負荷軽減や教育環境の充実も図られた。ここではその代表事例としてレポート試験の提出機能と新しいシラバス機能を紹介したい。
立命館大学名物(?)レポート提出ダッシュのソリューション
立命館大学には「レポート提出ダッシュ」と呼ばれる名物行事がある。レポート試験が課されている授業で提出メディアが紙と指定されている場合、学生は提出期限までに指定された場所に印刷したレポートを提出しなければならない。単位のかかったレポートを手に締め切り時間ギリギリに提出場所に駆け込む学生たちの姿がYouTubeや一部オンラインメディアなどで話題になり、なぜか仮装する学生まで現れて、学園祭を凌ぐとも言われる盛り上がりを見せる一大行事となっているのである。
大学らしい風物詩と言えば聞こえは良いが、実はこのレポート提出ダッシュは職員に相当の負荷をかけていた。学期末になると提出場所を設営しなければならず、また、複数名の職員が張り付いて対応しなければならない(余談だが、アメフト部の活動拠点となっているびわこ・くさつキャンパスでは提出期限を過ぎて駆け込んでくる学生へのバリケード要員として部員がアルバイト雇用されたこともあり、そのための事務手続きが発生していたと思われる)。
自身も立命館大学の卒業生である教務課の担当者はこう語る。
「提出ダッシュに対応する事務的負荷はもちろんですが、学生にとっても慌てて印刷場所に忘れ物をしたりダッシュ中に転倒するなどのリスクがあります。このソリューションもmanaba+Rのバージョンアップに盛り込みました」
新バージョンのmanaba+Rでは、レポート試験を電子データで提出できるだけでなく、印刷版での採点を希望する教員には電子データ提出後に印刷会社から紙に出力したレポートがダイレクトに届く(非常勤教員の場合は自宅に郵送される)という機能が追加された。
大学ならではの風物詩的光景が失われることには一抹の寂しさもあるが、このソリューションにより、職員はレポート提出にまつわる諸々の事務タスクから、教員はレポートを受け取る手間から、学生からは提出のために構内を走り回る労力から解放されることが期待される。
シラバスシステムの統合によりシラバスを“生かす”
次に、manaba+Rに統合されたシラバスシステムに注目したい。立命館大学では従来より全開講科目のシラバスをオンライン上で公開してきたが、独自開発の事務システム(RISING)上に構築されていたためクラウド上のmanaba+Rとは連動していなかった。今回のバージョンアップにより、この2つがシームレスに繋がった。
違いは一目瞭然だ。各授業のコースサイトに入ると、授業名の真下にその授業のシラバスが表示される(下図)。
教員の一人として、この新機能は授業を運営する上で非常にありがたい。筆者は、立命館大学4学部で展開されているプロジェクト発信型英語プログラムに携わる教員であり、プロジェクトをいつまでにどの程度進めるべきかという授業スケジュールを授業の内外で頻繁に参照する必要性が生じていた。シラバスシステムが独立していたときはこの参照までの手順が非常に面倒だった。まず専用サイトにアクセスし、授業名や教員名を入力して検索し、該当授業名をクリックし…という煩雑な手順を踏む必要があった。それが今回のバージョンアップで一気に解消されたのである。
「シラバスというのは履修登録の時期は頻繁にアクセスされますが、先生にとってはこういう授業を目指すぞという計画書であり、受講生にとっては授業の全体像を把握するための重要なドキュメントだと思います。今回のバージョンアップではシラバスを授業に“生かす”ことを目指し、すぐにアクセスできる場所にリンクを設置しました」
こう語るのは朝日ネットの立命館大学担当者だ。
「シラバスには、到達目標や授業スケジュールなど、その授業に関する重要な情報がたくさん記載されています。せっかくシステムが統合されるのですから、履修登録のときに見るだけでなく、学期中にも先生と学生の皆さんのお役に立てるリソースとしてmanaba+Rに組み込みました。今までのシラバスには載せられなかった情報にも対応しました」
その一例が動画である。manaba+Rに統合されたシラバスは下図のように動画ファイルの掲載にも対応した。
筆者が携わるプロジェクト発信型英語プログラムのように授業内で英語プレゼンテーションを課す授業の場合、動画プレイヤーをシラバスに埋め込むことで過去の受講生がどのような発表を行ったのかが容易につかめる。また、必要に応じて授業中に参照することで教材としても活用できる、まさに“生きたシラバス”というわけだ。
この他にも、シラバスの一部を授業の進捗に合わせて更新する機能やリッチテキストへの対応など、これまでのシステムと比較して長足の進歩を遂げたと言えよう。
LMS(学習管理システム)からEMS(教務管理システム)に進化するmanaba+R
今回のmanaba+Rのバージョンアップは、立命館大学の教職員や学生にとって単なる機能追加という以上の意味を持っている。授業や教務に関わるタスクの出発点として、何はともあれまずmanaba+Rにアクセスするというのが今後の動線になると思われる。その意味でmanaba+Rは、これまでのLMS(学習管理システム)という段階を超えて多くのタスクフローをつなぐハブ的役割を備えたEducation Management System(教務タスク統合管理システム)とも言うべきステージに入ったと思われる。
取材の最後、教務課の担当者はこう語った。
「もちろんmanaba+Rがこれで完成したとは思っていません。今後も先生方の教えと学生の皆さんの学びに寄り添えるよう、より良い教務環境に貢献できるシステムに育てたいと思っています。改善のご要望などがございましたらぜひお聞かせください」
冒頭で紹介したように、立命館大学は教職協働という教学理念を掲げている。理念もシステムも、人間の情熱が注ぎ込まれることで初めて力強く脈打つのだ。今回の取材を通じて、史上最大規模のバージョンアップに携わった多くの人々の熱い思いに打たれるとともに、立命館大学の教職に携わるひとりの教員として、筆者自身も理念とシステムに息吹を与えられる存在となるよう微力を尽くすことを密かに誓ったのであった。