第10回#2 「読むこと」を情熱と技術で支援する(下)
※ Special第10回は、CIEC会誌『コンピュータ&エデュケーション』(Vol.40)の巻頭INTERVIEW(pp.3-11)を、2号(上・下)に分けてお送りします。今回はその「下」です。
学習者支援に向けて
武沢
今朝(3月9日)の読売新聞で、上田市の神科小学校でデジタル教科書を使うことによって、学習障がいを持つ生徒のテストの点が上がったという記事を見かけたのですが。
西澤
それは、私どもが取り組んでいる文部科学省の委託事業でご協力をいただいた学校のことです。
武沢
0点だった子が100点取ったということですね。
西澤
先週3月4日の金曜日ですかね、参議院の予算委員会で、DAISY教科書の有効性や今後の普及についての質疑もありました。先週から今週にかけて、偶然なのかもしれませんけれど、大きな政治的なことも含めて様々な環境が整ってきました。私どもの製品ラインナップに関してですが。
武沢
これが文部科学省の委託事業で作られたものですね。
西澤
そうです、はい。
武沢
録音機に戻ると、それは例えば子供たちが基本的に一人一つ持つという前提でしょうか。
西澤
そうですね。地方自治体の制度で日常生活用具給付制度という制度があるのですが、障がい者の日常生活がより円滑に行われるための用具が給付、または貸与されるというものです。補助率としては9割ぐらいが一般的のようですので、例えば私どもの製品が85、000円のところ、自己負担は1割、つまり8、500円で利用していただくというようなものです。こういった補助がありまして、私どものビジネスとして成り立っているという側面もあります。これは日本だけではなくて海外も同じです。例えば海外ですと国立点字図書館が再生機をまとめてメーカーから買い上げて利用者に無償で貸し出すというケースもあります。
中村
これからの話になるかもしれないのですけれど、例えば『いーリーダー』のようなアプリケーションの場合は、そのような支援はどのような形になりますか。例えば端末自体はどう準備するのかとか。
西澤
私が聞いている話では端末については就学奨励費ということで5万円が使える可能性があるとは聞いています。
柳澤
特別支援学校や小中学校の特別支援学級に在籍している児童生徒のための制度です。
西澤
従来は特別支援学級だったのですけれども、平成25年から通常の学級で学ぶ児童生徒についても補助対象として拡充されることになりました。対象となる経費は通学、給食、教科書、学用品などですが、多分この学用品のところに入ってくるのでしょうか。これが一つの財源になるかと聞いております。ただ他にもいろいろ使い道というかご用途があるでしょうから、この機器のためにという費用付けをした制度ではありません。アプリについては、私どもまだ調査中です。ただ先ほど日常生活用具の枠組みの中にも、ソフトの購入に対する支給実績もありますので、可能性はあるのかなと思います。
DAISY教材作成とその再生アプリケーション
武沢
今回の平成26年、27年度の文部科学省の委託事業の成果について教えていただけますか。
西澤
平成26年度に新しくできたもので、文部科学省が学習上の支援機器を開発する企業なり大学等の研究機関なりに直接委託事業として予算をつけるという、今まではなかったものと聞いています。私どももこれに応募いたしまして、DAISY教材を用いた学習支援システムの開発ということで、現在事業の仕上げの段階に入っております。基本的には三つの要素からなっておりまして、一つが『いーリーダー』で、これが平成26年度の成果物として販売を開始したDAISY再生アプリです。そして平成27年度特に注力して開発しておりますのがモニター機能。それから製作ソフトの三本の柱からなっております。製作ソフトについてですが、PLEXTALK Producer(プレクストークプロデューサー)という総務省の「デジタル・ディバイド解消に向けた技術等研究開発」の助成で開発させていただいたものなのですけれど、それをベースに、さらに現場の先生方が、例えばプリントとかドリルを短時間に作れるというコンセプトで新たに開発し、実証実験をしています。製作ソフトは、イメージ的には次のようなものになります。例えばお手持ちのワードとかパワーポイントとか、それからPDFとか電子化された教材のもとになるようなものをお持ちでしたら、そこから必要な部分をコピーして貼り付けて、さくさくっと作っていただけるというのを一つのコンセプトにして開発を進めております。平成28年度に具体的な商品として、お届けしたいなと考えています。
武沢
テキストを自動で音声化する機能があると伺いましたが。
西澤
はい、その機能も入っています。それから先生の肉声の音も入れられるような機能も入っています。
中村
DAISY教材を自作できるということですね。
西澤
はい、そうです。
武沢
既成の教材は、教育現場で全て活かせるかというと、それぞれの事情というものもあってそうはいかず、やはり自作できることは本当に重要だなと感じています。
西澤
はい。では少し実証実験を行っている製作ソフトのデモをお見せしたいと思います。まずもとになるテキストや画像の材料を用意して、例えばこの文をコピーして貼り付けるとしますと、ルビも一緒に貼り付けることができます。そして絵も同じです。コピーをして、貼り付けます。画像に関しては、テキストで補足のメッセージを入れることができる代替テキストといわれているものですが、それを入れることができます。その他に、テキスト化されていないものの取り込みに関しては、例えばこういうカメラで撮影したものなのですけど、テキスト化したい部分の画像を選択、コピーして、こちらに貼り付けます。これだと画像として貼り付いているだけなのですけど、ここから文字抽出というボタンを押しますと……。
武沢
文字がテキスト化されるのですか。
西澤
はい、そうですね。
中村
OCRですね。
西澤
そうです。OCRのエンジンが入っていて、取り込むことができます。それから、読みの困難な児童生徒さんは、漢字は「形と音が一対一ではないので読みにくい」ということがあるようですので、全ルビという機能がありまして、クリック2回ですべての漢字にルビをつけることができます。また、自動的に音声をつけることができますので、全てを肉声録音する必要はありません。ルビを修正すると読みも自動的にルビに従って修正されますので、読み間違いのないコンテンツを簡単に作っていただくことができます。ただし、発音のイントネーションのおかしな所は、必要に応じて、発音記号や読み方をカタカナで指定して修正いただくことが必要になります。なお、読み辞書への登録作業を行うことで、該当する漢字に読み方を指定することもできます。さて、ここに録音ボタンがあるのですけど、これで録音をして再生してみますね。
〜再生する〜
武沢
子どもたちは、聞きなれた先生の声のほうがおそらく親和性があるような気がするのですが。
西澤
はい。こんな形でハイブリットで必要なとこだけに肉声を入れることができます。
武沢
すごいですねえ。
西澤
あと自動同期で音声とテキストを紐づける機能が入っています。先ほどお聞き頂いたところは、残念ながらちょっと同期がずれていましたが、こんな風に同期位置を微調整して、正しい位置に修正できるようになっております。
武沢
我々、実はあまりこの分野に詳しくなかったのですけれど、こういうオーサリングソフトというのは今まであまりなかったのですか。
西澤
はい、なかったと思います。デモの最後に、「ビルドブック」というメニューから様々な出力形式が選べます。EPUB3という最新の規格のうち、EPUB3 Media Overlaysも選んで頂けます。
柳澤
ルビもそうですけど縦書きにできるのかというのは、まさに日本語特有の機能を実現したオーサリングツールになります。
西澤
ここに縦書きボタンがありまして、このように縦書きに変えることもできます。
武沢
これから学校現場でこのようなタブレットを、いつになるかわかりませんが一人一台持つような時代になれば、やはりEPUBとか標準的な規格のものが重要ですよね。
西澤
はい。
中村
このオーサリングソフトで作成した書籍のリーダーがこの『いーリーダー』ですね。
西澤
はい、そうです。出力したEPUBをぱっとそちらに転送して聞くことができるようになっています。
中村
『いーリーダー』はいろいろな規格に対応しているのですか。
西澤
はい、そうです。いろいろな規格に対応しています。
武沢
現場の教員には、自分の教材を障がいがある子どもたちに簡単に提供できるということですよね。
柳澤
そうですね、教科書だけではなくて。
西澤
先ほど製作したものを再生端末に転送するところをお見せします。今、PCに接続したUSBメモリに直接出力しました。手に持っているのは、市販のWiFiルータなのですが、特徴はUSBポートがあることです。ここに先ほどのUSBメモリを接続します。このWiFiルータを使ってiPadにデータ転送を簡単に行うことができます。細かい話なのですけど、通常iPadへは、USBケーブルで接続した後、iTunesを使わないとデータが転送できません。それが学校現場ではとてもネックになっていまして、iTunesのインストールは禁止というような教育委員会も結構多いのです。じゃあ、『いーリーダー』のダウンロードボタンを押します。これで、WiFiルータに接続したUSBメモリに直接アクセスすることができます。見えますかね。USBメモリの『DAISYデモ』というフォルダに入れていますので、そこをタップしてもらうとダウンロードが自動的に始まります。
西澤
じゃあ聞きましょう。
〜サンプルを流す〜
武沢
ほんとだ。こんなに簡単にできてしまうわけですね。
柳澤
今、黄色っぽい背景ですけれども、やはり皆さん違いますので好みによって背景色などの設定を登録できます。例えば誰々くんの設定とか。
中村
細かい部分ですけれども、先ほど縦書きの場合にはこの再生ボタンの三角が左向きになっていましたね。
柳澤
はい、そうです。横書きの場合は通常のカセットテープと同じで、左から右に流れてくのですけども、縦書きの場合はこれが逆になりますと、早送りと巻き戻しが分からなくなるというようなことがありましたので。
中村
インターフェイスも本当に親切ですよね。
武沢
重要ですよね。子どもたちを混乱させてはダメですからね。
柳澤
『いーリーダー』の特徴としまして、ステップ再生という機能があります。通常の再生ですと、次へ次へと自動的に再生していくのですけれども、本を読むのが難しいお子さんにとってみると、どこを読んでいるのかが分かりづらくなることがあります。例えば音読の授業で、先生が「一つ一つ読んでいこう」と指導したときに自分が止めたいところで止めにくいという問題がありました。そこで、ステップ再生では一つのハイライトの範囲で自動的に止めることができます。次に進みたいときは自分の意思で進めることができるようになりました。
武沢
ステップ再生ですか。
柳澤
はい。このように読みやすさや自分が読みたいところの見つけやすさ、というところを主題にして開発しております。
西澤
それでは、まだ開発途中のものですけど、最後にモニター機能のご紹介をします。
〜サンプルを再生する〜
西澤
例えばここまで再生した後に、このような形で再生の履歴が残ります。モニター機能といいますのは、1回再生したところが青、2回目が水色、3回目、緑、4回目、黄色、そして橙、赤という表示になっています。再生した履歴がその場で見える化できます。
武沢
この機能はどういう時に必要になるのですか。
西澤
例えば通常学級の中で使うとき、特別支援学級で使うとき、それから通級指導教室で使うときなど、どんなときにどういう風に使っていただくと有効性が発揮できるか、現在実証実験をしています。具体例としては、テストの問題を何問か解く時に、教科書を見ながら解くわけですが、教科書の本文の正しい場所をちゃんと見ていたかということがパッとビジュアル的にその場でわかります。これを指導に役立てていただこうというのが、実証実験の目的です。今回開発したモニター機能では、どのフレーズを何時何分にどのように再生したかというのを自動的に記録として残します。残す情報は、テキストのID情報とタイムスタンプが主なものですので、非常に軽い負荷で再生機にも負担少なくできます。このことからも、モニター機能が特別支援教育の中で上手く使っていただける可能性があるのではないかと考えています。
武沢
モニター機能は、一人一人の生徒たちに紐づけされるような分担もできるのですか。
西澤
はい、分担できます。実証実験を今まさに進めているところなので、どういう使い方をしたら効果があるのかというようなことも含めて、研究的要素が大きいと考えています。私どもとしては単に再生するだけでなく、より使いやすいように、児童生徒自身がフォントの大きさや、色を選べるという簡単設定アシスタントというのを作ったり、こういったモニター機能を組み合わせることで、より最適化した環境でDAISYを使っていただけるという可能性があるのではないかと考えています。
武沢
特別支援ではなくて普通の学校で、少し障がいを持っている生徒にも……。
西澤
ええ、そうですね。今回は,主に特別支援学級の児童生徒が対象になります。ただ特別支援学級の児童さんが通常の学級の中で一緒にやっていただくというのを実証実験のケースとして想定して実施しています。インクルーシブ教育ということで、みんなと一緒に授業を受けたいというニーズを児童さん自身も持ち得ますし。
武沢
この情報というのは全国の例えば特別支援の先生方にはまだあまり知られてないのですか。
西澤
そうです。情報を先生方に知っていただくのが今後の課題です。
中村
こういう開発環境を作成して頂いた後は、教員が作成するというのももちろんなのですけれども、やはり限界もあって、欧米では教材作成などの支援環境がかなり充実して、そのような環境が小中高大学の中にもできればいいなと感じます。
西澤
そうですね、支援センターみたいな形で。
中村
ほんとにそれが重要だと思います。せっかくこういった素晴らしいものがあっても、それを活かす支援体制というものがないと無駄になってしまう可能性もありますよね。
西澤
現場の先生にかえってご負担になってしまいますので、確かに支援が必要だと思います。
武沢
そうですね、これだけに何時間も、何十時間もかけられません。でも、このソフトは3分間もいらない感じですね。
西澤
ほんとにぱぱっと、半自動、全自動でということは私どもが目指しているところです。まずは、こういったツールが出て来て、皆さんがじゃあ使ってみようかと考えるところからです。
中村
そうですね。
西澤
支援側の体制が整うのを待つわけにもいきません。効果が現れてくればじゃあ体制を作ろうかということにもなるかもしれませんし。
武沢
そうでしょうね。
西澤
支援の体制や、教材の管理も含めた製作の総合的環境整備が大事になってくると思っています。
武沢
近い将来というか来年再来年以降に商品化ということもお考えですか。
西澤
はい、考えています。この委託事業の大事なところは国費を使ったらちゃんと製品として還元してくださいということで、文部科学省から強く言われています。研究のための研究ではなくて。
武沢
そうなのですね。文部科学省もインキュベーションみたいな感じでお金を出しているのでしょうしね。
西澤
はい。文部科学省としては、今までになかった新しい取組みだとはお伺いしました。なんらかの学習上の障がいをお持ちの児童さんこそ、ICT などの支援で多分一番恩恵を受けられる方々ではないかなと私どもは実感しています。
これからの障がい者支援に向けて
西澤
今はまだ高校入試とか大学入試の段階で、読めない、読みにくいという児童、生徒さんがふるいにかけられてしまっているのだと思いますけど、これから上手い合理的支援を……。
武沢
必ずやらなきゃいけない。
西澤
ええ。そうなるとどんどんこれから支援を必要とする学生さんが増えてくる可能性もありますよね。
武沢
神奈川県の県立高等学校で昨年度初めて書字障がいのある学生にパソコンで、キーボードの導入を許した学校が一つ出て、全国で初といわれています。少しずつ世の中がそういう体制になっていくということですね。
西澤
はい、そうだと思います。人口が減ってく、イコール若い人口が減っていって、学生さんを国力あげてサポートしていかないといけない時代なのだなあと、今感じています。
武沢
我々も特別支援について、知識がなかったのですけれど非常に参考になりました。今日はありがとうございました。
2号に分けてお送りしてきた「『読むこと』を情熱と技術で支援する」は以上です。次回のSpecial記事にもご期待ください!