開催趣旨

周知のように,eラーニングに代表される教育システムでは,学習者の履歴情報がLMSあるいはeポートフォリオとして,随時蓄積されています。これらの教育ビッグデータを,データマイニングの手法等により分析し,学習者により適した教育を提供しようとするLearning Analytics(LA)が,最近欧米で注目されています。そこで,2015年に設立された「学習分析学会(JASLA)」とCIEC国際活動委員会とのコラボレーションを開催します。

はじめに,JASLA理事長である田村恭久先生から,国際会議 LAK 2016 での国際的な研究動向・調査結果を中心としたご講演を頂き,欧米を中心とした海外の先進的なLAの取り組みを踏まえて参ります。

引き続き,2015年度会誌(Vol.38)「ラーニングアナリティクスと教育クラウド」の特集に投稿された岡山大学大学院 寺澤 孝文先生からは,教育ビッグデータに関するご自身の研究において,「スケジューリング技術」を原理として考案された「マイクロステップ法」を用いて収集される大量のデータから,全ての子どもの学習の積み重ねと見通しが可視化され,個別フィードバックされる支援が実用化されたこと,さらにまた,収集された高精度のビッグデータが実現するエビデンスベースの学習指導とその大きな可能性についてのご講演を頂きます。

この2つのLAのご講演から,最新の国際事情を踏まえ,学習者に有意義な新たな教育の情報化への道を探ります。


総合司会: 宿久洋 CIEC副会長(同志社大学 教授)


CIECは1996年に誕生し、今年20周年を迎えました。20年の歩みを総括し、学会・教育界に果たした貢献を整理するとともに、次の10年への方向性を検討し、問題提起と課題設定を行うことを目的に、2016年3月27日(日)に20周年記念シンポジウムを開催しました。


※ Special第4回は、CIEC20周年記念シンポジウムのダイジェストを、4号に分けてお送りします。今回はその4として、シンポジウム3人目のパネリストとして登壇した、熊坂賢次・CIEC会長によるポジション・トークの様子をお伝えします。



シンポジウム「教育と学びにおける創造性と多様性」


山内先生、どうもありがとうございました。次々に刺激的なお話が続きますね。それでは3人目、最年長の熊坂先生にご登壇いただきたいと思います。


熊坂賢次 CIEC会長 (慶應義塾大学 環境情報学部 教授)


さきほど鈴木寛さんがSFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)を褒めてくれたんですけど、僕はSFCもぜんぜんダメだなと思うことがありました。Appleからアップルウォッチが出ましたね。こういうのが好きな学生の多くはすぐ飛びついた。

ところがこれに対して僕のいるSFCが何をしたかっていうと、アップルウォッチを試験のときに持って来られたら、みんなカンニングしちゃうかもしれないから困るといって、試験時の時計はすべて持込不可にしたんですね。いちおう各部屋には大きな時計があるので、それを見て「あと何分」と確認するように、ということをやった。


熊坂賢次 CIEC会長 (慶應義塾大学 環境情報学部 教授)

この決定があったとき、僕は「何考えてんだ。ろくでもねえキャンパスだな」って思ったね。SFCは本来、こんなことをやっちゃいけない。だって、インターネットで最先端を走っていることを自負しているんだから。

答えなんてカンニングするもんですよ。見せあって何ぼです(会場笑い)。見せあって何ぼで、みんなが100点採ったときに「ああ、よかった」って、教育は本来そういうもんじゃないですか? テストで生徒ができないことを確かめて喜ぶのは教師だけですよ。生徒がみんなできちゃうと、自分ももっと勉強しなくちゃいけなくなるから。でも本来、教育っていうのは、みんなが100点採れて喜ぶ、そういうものじゃないですか?


20世紀的な社会システムの基本


さて、僕は一応社会システム論者ですので、社会をシステムとして見ていきたいと思います。20世紀的な社会システムは基本的に二つのシステムとして捉えることができます。

一つは、「目的-手段」系の利害システム。自分には自分の目的があります。それは欲求と言い換えられます。個人は欲求を満たすために、他者をいかに手段として使うか。その関係性によって形づくられるのが利害システムです。マーケットの市場原理なんか、まさにその典型ですね。

もう一つは「全体-部分」系の役割システム。この全体-部分系というのは、主体を超えたところに「価値」があります。その価値を実現するために、主体には役割期待が付与されてくる。つまり、個人は全体に対して奉仕しなくちゃいけない、それが役割システムです。

基本的に今まで、受験システムは前者で、教育システムは後者でした。前者ではライバルを蹴落とさなきゃいけなかったし、後者では教師は教師らしく、学生は学生らしく振る舞うことが期待されてきました。

以上が日本が近代化を達成したときの基本的なシステムなんですけれども、当然、現代は当時とは違う社会になっているから、新たな社会システムというものを考えてみたいと思います。


熊坂賢次 CIEC会長 (慶應義塾大学 環境情報学部 教授)


脱利害システムとしての「信頼化」


二つの基本システムを紹介しましたが、それらを移行類型として捉える場合に、二つのルートがあります。

一つ目は、始めはお互いに欲求という自分のゴールを持って他者を手段として使うんだけれども、他者を利用しているうちに「あいつ、いいやつだな」と思って、自分の持ってるものを少し見せたりあげたりすることによって、相手との関係をより良くしていくようなケース。

人間同士、初めて出会ったときは役割自体つくられていませんから、利害システムから人間関係が始まるんですね。自分の欲求を達成するために他者をどう利用するかという関係。そして最終的には、自分たちのゴールが共有され、役割システムに至るという場合です。

そのとき必要なのは、他者をどう信頼するかというシステムです。最初は自分の目的のために他者を利用するんだけれども、そのうちに何となく自分たちで共有された価値というものが出てくる。その共有した価値のために、お互いの関係を調整して、より良い方向に向かわせようとするようなシステム、これを信頼化のシステムと呼びたいと思います。

これはどういうことかを恋愛に例えて説明すると、初めて知り合った段階では「僕と君は」としか言いませんが、2人の関係が少しずつ良くなってくると、「僕たち」「私たち」という言葉を使うようになる。つまり“We”という概念。IとYouでしかなかったものがWeとなる。この概念が生まれた瞬間が信頼化です。


熊坂賢次 CIEC会長 (慶應義塾大学 環境情報学部 教授)


脱役割システムとしての「自由化」


もう一つのルートは、役割システムから上位の価値が欠落してくる場合。

役割システムというのはいわば“お芝居”の世界なんだけれども、共有する価値がなくなったとしたらどうですか? お芝居の中で“アドリブ”というものがありますね。芝居として大枠は決まってるんだけれども、そこで役者たちがアドリブをすることによって、お芝居自体をより活性化させる場合がある。

現代は社会で共有する価値というものが複雑化、不透明化している状況です。この不安定さの中で、われわれは何となく“らしさ”の振る舞いをしなくちゃいけないんだけども、「でもな」という形でアドリブを利かせ始める状況、これを自由化のシステムと呼びたいと思います。

つまり、これまでの安定した20世紀的な「利害システム」と「役割システム」の中間系として、「信頼化」と「自由化」という中間系が存在しているのが現代です。


従来型社会システムを越えた制度設計を


以上を基にして、ネットワークの社会について考えてみたいと思います。

僕たちがインターネットに繋がったときの社会システムとして、この新たな2つの「信頼化」と「自由化」がものすごく重要だと考えています。つまり、決まり切った利害関係の市場原理の話とか、決まり切った役割期待のお芝居の世界には創造性がない。決まり切った状況ではパターンを学習すればいい。覚えればいい。そして合理的に成果を上げればいい。

不透明な現代社会では、成果がどうなるか分からない状況で“ふにゃふにゃ”している。だから、その“ふにゃふにゃ”しているシステムを、制度として、しっかり社会システムに入れ込むということが必要になる。

教育についても同様です。試験で勝つか負けるかということを強要してきたのが「利害システム」で、先生はより多くの知識を持っていて、知識が足りない生徒たちに伝授するというのが「役割システム」。この形に戻るような制度設計をしているような教育は根本的に間違っている。これら既存の仕組みを越える社会設計、制度設計をしなくちゃいけない時期に来ていると思います。


「信頼化」「自由化」を前提とした社会システムをどうつくるか


最初のアップルウォッチの話で、カンニングするから試験には持込禁止という話をしました。みんなインターネットに繋がった状況を前提として試験を実施したら、利害システムを超えた新しい出題形式が生れてくるかもしれない。教師は偉くて教える存在だという縛りを取っ払えば、学生から教師が学ぶこともあり、一緒に協働するんだという新たな関係性が生れてくるかもしれない。

そういった新しい状況や関係性を前提とした制度設計ができないと、絶対に次の社会には行かないと思うんだけれども、今のところあまりにも20世紀の成功体験が強すぎるから、いつまでたっても脱皮できない。「信頼化」「自由化」を前提とした社会システムをどうつくるか、特に教育の世界を。

パターンランゲージの話も重要だし、山内先生の話も重要。でも、その制度設計において、新たな社会システムを念頭に、どっちのシステムを重視するかという合意がされていなきゃいけないと思うんですね。子供の能力、生徒の能力、光る才能を伸ばすためには、これまで当たり前だったいくつかの約束は、もう捨てなきゃいけない時期に来ている。というのが僕の意見だということで、一応終わりにします。


熊坂先生、ありがとうございました。20周年のシンポジウムにふさわしい、三つの爆弾が炸裂いたしました。それぞれの爆弾を持って再登場していただこうと思うんですが、皆さんも頭を整理する時間がいると思いますので、ちょっと休憩の時間を取りたいと思います。


※ 以上でCIEC20周年記念シンポジウムの速報を終わります。その後のパネリスト三氏によるディスカッションの様子などは、会誌『コンピュータ&エデュケーション』Vol.41に掲載予定です。お楽しみに!


シンポジウムのディスカッションでは、フロアから活発な質問も飛び交った。


CIEC定款第13条から第21条に基づき, 役員選挙規約の定めるところによって, 2016年度・2017年度(2016年度社員総会から2018年度社員総会まで)の役員選挙を下記のとおり実施いたします。

立候補について

5月23日(月)より, 所定の様式にて立候補受付開始

  • 所定の様式については下部にあるリンクよりダウンロードしてください。
  • 連絡先, 電話番号以外は公開します。

6月15日(水) 役員立候補締め切り(12時)

選挙定数

  • 個人会員の理事: 20名
  • 団体会員の理事: 5名
  • ​監事: 3名

CIEC役員選挙規約

第9条 社員総会は登録された候補者の中から, 選挙する。
2. 選挙は, 個人会員の理事,団体会員の理事, 監事に分けて行う。個人会員の理事の定数は20名, 団体会員の理事の定数は5名, 監事の定数は3名とする。
3. 選挙は投票によるものとし, 無記名連記制により行う。
4. 書面による投票を行う場合は所定の用紙により行い, 選挙管理委員会に提出しなければならない。
5. 当選は有効得票数の順による。但し, 得票が同数の者についてはその者のみを対象に再投票を行い, 有効得票数の多い者を当選人とする。
6. 登録された役員候補者が定数を超えない場合には信任投票とし, 有効得票数が投票総数の過半数の者を当選人とする。

選挙の方法

無記名連記制 

会員全員の投票(ただし, 登録された理事候補者が定数を超えない場合には信任投票とし, 役員選挙規約第9条6項により, 有効得票数が投票総数の過半数を超えたものを当選人とする。

「e投票」による電子投票を実施します。実施の詳細については後日告知いたします。

投票期間

2016年7月1日(金)〜7月15日(金)

開票

7月20日(水)東京都杉並区和田3-30-22 大学生協会館

選挙投票結果の報告

2016年8月11日(木)2016年度CIEC定時社員総会にて

立候補届出書


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CIEC役員立候補届出書

*不明な点はjim@ciec.or.jpまでご連絡下さい。

CIEC役員選挙管理委員会 委員長
星 健太郎(早稲田大学グローバルエデュケーションセンター)


CIECは1996年に誕生し、今年20周年を迎えました。20年の歩みを総括し、学会・教育界に果たした貢献を整理するとともに、次の10年への方向性を検討し、問題提起と課題設定を行うことを目的に、2016年3月27日(日)に20周年記念シンポジウムを開催しました。


※ Special第4回は、CIEC20周年記念シンポジウムのダイジェストを、4号に分けてお送りします。今回はその3として、シンポジウム2人目のパネリストとして登壇した、山内祐平・CIEC理事によるポジション・トークの様子をお伝えします。



シンポジウム「教育と学びにおける創造性と多様性」


井庭先生、ありがとうございました。 引き続き2人目のパネリストの方にポジション・トークをしていたきます。山内先生、よろしくお願いします。


山内祐平 CIEC理事 (東京大学大学院 情報学環 学際情報学府 教授)


鈴木さん(基調講演をされた鈴木寛氏)も、井庭さんも、これからの時代は創造性が大事だという話をされて、おそらくそれに異を唱えられる方は、ここにはいらっしゃらないと思います。


山内祐平 CIEC理事 (東京大学大学院 情報学環 学際情報学府 教授)

私の問いは「では、どうやってやるの?」、つまり“How”の部分で、制約の高い「オンライン学習」の分野において、実際にその創造性をどう実現しているかに関して、いま研究してることを少しお話したいと思います。

2013年のPCカンファレンスが東京大学であった時のテーマは「つぎの教育イノベーションを問う」でしたが、そこで基調講演をさせていただいた時、東大がMOOC(Massive Open Online Course)を始めたというお話をさせていただきました。その後どうなったかという話から始めたいと思います。



MOOC自体の目的は「創造性」よりも「民主化」


ご存じのように、MOOCそのものは、今も順調に拡大していて、最大手のコーセラが学習者1,500万人ぐらいでしょうか。東大がだいたい連携学習者数で、世界180カ国以上から25万人の方に学習をしていただいている状況です。

しかし、MOOCというのは、つまりは映像で、クリエイティブではありません。要するに何でMOOCを始めたかというと、学習をこのシステムで画期的に変えようとか、創造性を深めようという目的ではなく、目指したのは「教育の民主化」なんです。

MOOCを始めた当初、その中心となったスタンフォード大学というのは、年間400万円の学費を払わないと入学できなかったんです。高度な知識というのは、それだけお金を払った特権階級に独り占めされていた。それを、全世界のあらゆる人たちに解放するっていうのが、実はMOOCの本質であって、完全に教育の民主化運動なんですね。



MOOCの創造性不足を補う「反転学習」


目的が違うからから当然ですが、MOOCは創造的ではないわけです。MOOCは新しい知識を伝達したり、アップデートするには効率的で、しかも民主的にやる方法としては一定の成果がある。ただ、これからの時代に必要とされる創造的な能力を育成するにはまったく足りない。

では、どうしたらいいのかということでまず取り組んだのが「反転学習」です。オンライン学習と対面学習を上手に組み合わせることによって、オンライン学習だけでは達成できなかった高度な思考力の育成を目指したんです。

今までの授業は、だいたい知識伝達を授業内でして、より難しい問題を自宅で一人で解くのが一般的でした。ただ、実際には、問題演習の方が一人で解くのが難しいわけですから、そっちを授業内でやることの方が本当は合理的だったんです。

オンライン学習を前提とし、これまでとは逆の発想で、自宅で宿題をやる時間で基本的知識を修得してもらって、それを前提にして授業において応用的なことを対面でやることを始めたわけです。これが「反転学習」でした。


創造的な学びに大切なのはテクノロジーよりも「課題」


私のところで、ちょうど1年前にワークショップの研究で博士号を取った安斎(勇樹)さんっていう方がいるんですが、彼の博士論文で非常におもしろくて示唆的な研究をしているので、この研究を紹介しながら、創造性を育成するために、教育や学習支援活動で一体何が必要かという点を、ちょっとお話ししたいと思います。

彼が目をつけたのは「課題」でした。どういう課題を解いているときに創造的な活動が起きるかということに関して、彼は実証研究を行いました。その一つが「矛盾課題」と言われている仮説の検証です。人は矛盾状況とか葛藤状況に置かれると、それを何とか解決しようという行動に出ます。これが創造的な活動につながると言われているんですね。

彼が実際にやったのはレゴを使ったワークショップの課題なのですが、通常課題である「居心地のいいカフェをつくってください」と、矛盾課題である「危険だけど、居心地のいいカフェをつくってください」との比較をしたんです。

これは200人ぐらいのワークショップで実施したのですが、どういう提案に対してどういう連鎖が起こり、どういう修正が起こったかを、全部「連鎖図」にしたんですね。それらの連鎖図を比較した上で、質的にどういった違いが出たかを、矛盾条件と通常条件で比較しました。その結果、概念の生成数、典型数、結合数などを合計して、矛盾条件の方は4.1、通常条件の方は1.5と、統計的に有意な差が生まれていました。

形式上やっていることは同じでも、課題を変えるだけで、創造的な学習行動が生れる。いわゆる課題の力がどれだけ大きいかということを、彼は実証したわけです。つまり、私は何を言いたいかというと、実は創造的な活動の話をするときに、大事なのはテクノロジー・エリアだというよりも、学習者が解くべき課題とか、その課題に対してどのような仕掛けを行うかっていうレイヤーが、非常に重要になってくるということです。


山内祐平 CIEC理事 (東京大学大学院 情報学環 学際情報学府 教授)


ついに開いたパンドラの箱


それでは最後に、こういうことが長期的に、大学システムに対してどういう影響を与えるかという問題提起をさせていただきたいと思います。

実は私、木曜日(3月24日)にオランダから帰ってきたばかりなんですけれども、先ほど述べた、東大も参加している世界最大手のプラットフォーム「コーセラ」の会議に参加してきたのですが、そこで一番話題になっていたのは、イリノイ大学が1月に始めたiMBAプログラムの話でした。

MBAというのは皆さんもご承知のとおり、通常、対面で行われるコースです。しかもアメリカのイリノイ大学は、世界トップ10ではないものの、かなり上位にいる大学です。このランクのMBAプログラムといえば、通常年間約600万円はします。



そのイリノイ大学が何をやったかというと、基礎的な知識習得の部分をMOOCにおいてだいたい半分ぐらい単位を取れるようにしてしまって、残り半分を、先ほど述べた高度な思考力を養成する型の、リアルタイムのオンラインワークショップによってカバーして、その二つのオンライン学習の組み合わせによって、年間200万円でMBAが取れるプログラムを作ってしまったんです。これが非常に大評判で、100人ぐらいの定員で始めたんですけど、世界中から1万人の申し込みが殺到した。オンラインだけでイリノイ大学のMBAが取れますから。

これはパンドラの箱で、誰かが絶対開けるだろうと思っていたんです。要するに、MOOCを始めるとき、当初は民主化目的でしたから「学位は出さない」ってみんな言ってたわけですよ。だけど、このようにして一回開いたパンドラの箱はもう収まりませんから、どんどん同様の動きが広がっていくことは止められないでしょう。

ですから、今後は知識習得をするだけの授業はどんどんタダになる可能性がある。オンラインであれ、対面であれ、いかに創造的で高度な思考力を持った学生が育成できるかで、ある種、大学が淘汰されるという時代が来るかもしれない。

という問題提起をさせていただいたところで、私の話はここまでにしたいと思います。ありがとうございました。


※ この続きは「第4回#4 CIEC20周年記念シンポジウム(4/4)」をご覧ください。


当日は会場に「CIEC20年の歩み」を記したパネルも展示された


CIECは1996年に誕生し、今年20周年を迎えました。20年の歩みを総括し、学会・教育界に果たした貢献を整理するとともに、次の10年への方向性を検討し、問題提起と課題設定を行うことを目的に、2016年3月27日(日)に20周年記念シンポジウムを開催しました。


※ Special第4回は、CIEC20周年記念シンポジウムのダイジェストを、4号に分けてお送りします。今回はその2として、シンポジウムの最初のパネリストとして登壇した、井庭崇氏によるポジション・トークの様子をお伝えします。

前回にあたる第4回#1の記事はこちら。


シンポジウム「教育と学びにおける創造性と多様性」


モデレーター 妹尾堅一郎 CIEC前会長 (産学連携推進機構理事長)

それでは、今からシンポジウムを始めます。「教育と学びにおける創造性と多様性」というのが本日のシンポジウムのテーマで、パネリストは3名おられます。

最初に、お三方のいわばポジション・トークを15分ずつしていただこうと思います。

進む順番は若い順ということで、井庭先生から、どうぞよろしくお願いします。


井庭崇 (慶應義塾大学 総合政策学部 准教授)


井庭崇 (慶應義塾大学 総合政策学部 准教授)


未来展望 クリエイティブ・ソサエティ


これからどのような社会になるのかということを考えるとき、私は、3つのCの変化で捉えています。

戦後、日本では消費社会(Consumptive Society)が始まり、その後、情報社会(Communication Society)になって、これからは次なるC、創造社会(Creative Society)になっていくと考えています。

この創造社会、クリエイティブ・ソサエティは、人々が自分たちで自分たちのものや仕組みなどをつくることができる社会ということです。これはモノだけじゃなくて、いろいろなアイディアや、組織の仕組み、地域のあり方、あるいは自分たちの新しい方法など、そういったこともつくっていくという社会です。


「教わる学び」から「つくることによる学び」へ


“つくる”ということはこれまでもやってきたと思うのですが、組織の中で“つくる”のではなくて、個人個人が起点になり、それらがつながった自発的なグループで何かをつくっていく、そういったような時代になっていくと思うのです。一人で何かをつくることも重要ですが、多くの人とコラボレーションしながらつくっていくことが重要になっていくわけです。これが創造社会のイメージですね。

こうしたときに、学び方も当然変わってくるわけです。それが「教わる学び」から、「つくることによる学び」(learning by creating)です。これは、自分たちで何かをつくる試行錯誤をするなかでの学びということです。こういう学び方が、ますます重要になってくると思うのです。


創造社会のメディア「パターン・ランゲージ」


そのような学びの場では、テクノロジーだけあってもダメです。あるいは、法整備、カリキュラムだけあってもダメで、一人一人がつくるということに自信を持つこと、そして他の人と一緒に協働してつくるためのメディアが必要になってきます。それがこれから紹介する「パターン・ランゲージ」です。

パターン・ランゲージというのは、経験則を共有するための方法です。どういう「状況」でどういう「問題」が生じやすく、それはどのように「解決」できるのかをまとめたものです。ランゲージと言っているゆえんは、単に、経験則を記述するだけじゃなくて、それに名前(言葉)を与えるからです。その名前(言葉)を、認識や思考、コミュニケーションで用いることができます。

例えば、「スクリーン」と「プロジェクター」という言葉があるおかげで、私たちはそれらの装置を環境から引き離して認識できるわけです。このようにモノには名前が付いているのですが、経験則、やり方、方法、秘訣などには名前が付いてないことが多いのです。だから、共有化しづらいですし、認識や発想がしづらいわけです。

そこで、経験則・秘訣に名前を付けていくということが、パターン・ランゲージの目指すところなのです。


越境を可能にする「パターン・ランゲージ」


一人一人の経験則を、これまでは一人でためていたわけですね。流動性がない時代はそれでよかったのですが、これだけ人が動き、分野が動き、あるいは社会が動いている時代においては、一人で長期間ため込んでマスターするというモデルではないモデルが必要になってくる。しかし、専門分野が深まってスケールが大きくなっている現在、専門分業というのは分野隔絶ももたらしている。なので、これを何とかしたいという思いから「パターン・ランゲージ」が生まれました。


井庭崇 (慶應義塾大学 総合政策学部 准教授)

これまでの10年間で「学びのパターン」をはじめ、プレゼンテーション、コラボレーション、社会変革、防災、それから「認知症とともによりよく生きる」など、様々なパターンをつくってきました。パターン・ランゲージが今後、もっと創造実践能力の越境の自由みたいなものを還付するためのメディアとして機能してくれればと願っています。

創造社会に不可欠な、マニュアル的な思考ではない、新しい方法の一つとして「パターン・ランゲージ」を紹介させていただきました。どうもありがとうございました。


※ この続きは「第4回#3 CIEC20周年記念シンポジウム(3/4)」をご覧ください。